フランスの「人権宣言」
1789年8月26日に採択された人権宣言の正式名称は「人間および市民の権利宣言」という。人間の自由と平等、国民主権、三権分立、所有権の不可侵などを定めた内容であり、それまで生まれによって身分が決まるということが常識だった時代には画期的なものであった。
人権宣言の背景
1789年7月14日のバスチーユ襲撃以降、パリのみならずフランス全土の農村で「大恐怖」と呼ばれる農民蜂起が多発していた。これを鎮めるために国会で同年8月4日に「封建制度の廃止」を宣言した。ルイ16世はこれを承認しなかったが、議会は続けて憲法制定を見据えて人権宣言を定めよう、ということになったのだ。
第三身分から三部会に選出された裁判官のムーニエは、「よい憲法ができるためには、その憲法の上に基礎づけられた人言を保護することが必要である。」と議会で提唱した。
人間および市民の権利宣言の内容
「人間および市民の権利宣言」では、人種、民族、階級、性別を超えて人間の権利を尊重することを謳っており、これは啓蒙思想の影響を受けたものであった。それまでの常識から照らしてとくに画期的だったことは、封建制度の廃止、王権神授説を否定したことで、これは旧体制社会(アンシャン・レジーム)を否定するものだった。
封建制度の廃止
「人間および市民の権利宣言」の第1条には「人間は自由なものとして生まれ、権利において平等である」と書かれている。これは、身分制度を否定するもので、1789年8月4日に宣言された封建制度の廃止にならったものである。
王権神授説の否定
第3条には「主権の原理は本質的に国民の中に存する。いかなる団体、個人も明白に国民に由来するのでない限り、権限を行使することはできない。」という条文があり、これは国民主権を意味する。それまでのフランスでは、王権神授説によって絶対王政が常識とされていたため、国民主権という概念は画期的であった。
人間および市民の権利宣言の条文全文
人権宣言の条文は17条からなり、内容は以下の通り。
概要 | 全文 | |
第1条 | 自由かつ権利平等 | 人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。 |
第2条 | 国家形成の目的 | すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。 |
第3条 | 国民主権 | すべての主権の淵源は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。 |
第4条 | 自由の定義 | 自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。 |
第5条 | 法律による禁止 | 法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また、何人も、法律が命じていないことを行うように強制されない。 |
第6条 | 法の前の平等と市民の参政権 | 法律は、一般意思の表明である。すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、その形成に参与する権利をもつ。法律は、保護を与える場合にも、処罰を加える場合にも、すべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。 |
第7条 | 人身の安全 | 何人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければならない。その者は、抵抗によって有罪となる。 |
第8条 | 刑罰は法のもので執行 | 法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。 |
第9条 | 無罪の推定 | 何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。 |
第10条 | 思想信条の自由 | 何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない。 |
第11条 | 言論の自由 | 思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる。 |
第12条 | 市民の権利は保障 | 人および市民の権利の保障は、公の武力を必要とする。したがって、この武力は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される者の特定の利益のために設けられるのではない。 |
第13条 | 租税の平等な分担 | 公の武力の維持および行政の支出のために、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて、平等に分担されなければならない。 |
第14条 | 租税における市民の権利 | すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利をもつ。 |
第15条 | 行政に報告を求める権利 | 社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。 |
第16条 | 権利の保障と権力の分立 | 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。 |
第17条 | 所有権の不可侵 | 所有は、神聖かつ不可侵の権利であり、何人も、適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償のもとでなければ、それを奪われない。 |
人間および市民の権利宣言の課題
1789年8月26日に採択された人権宣言は、近代の憲法の源流となる画期的なものであったが、課題もあった。哲学者のマルクスは後にこの宣言は、人間と市民を区別しており、市民すなわちブルジョワ層のためであると指摘している。
この宣言は、フランス語では「Déclaration des Droits de l’Homme et du Citoyen」と表記するが、「Homme」は男性を意味し、「Citoyen」は市民権を持つ白人男性を意味した。つまり、有色人種と女性は、この宣言の対象外であったのだ。
さらに、各地方の選挙人を選ぶための選挙権は最適3日分の賃金に相当する地税を収めた「能動的市民」に限定され、国会議員や裁判官などを選ぶ選挙人は最低10日分の賃金に相当する地税を収めたものに限定された。これに当てはまらない者は「受動的市民」とされ、選挙権を与えられない、という内容になっていた。これに対して、のちのジャコバン派のリーダーとなるロベスピエールは反対の意を唱えたが、賛同する者が少なかった。